低炭素時代が来る

国立環境研究所 参与 西岡秀三

5月24日、安倍首相が「世界全体の排出量を現状に比して2050年までに半減する」目標を世界に呼びかけ、更に それが「21世紀環境立国戦略」に位置付けられて、いよいよ日本の低炭素社会への方向が定まった。なぜ、50%も の削減が必要なのだろうか。

1.気候安定化のためには、吸収量にあわせて現状の半分以下に
いずれにしても、人間活動からの温室効果ガス排出は減らしていかねばならない。そうしなければ、気候が変化し 続け、いつかはさまざまな生態系の変化や、人類への直接的な打撃によって、人類の生存基盤そのものを揺るがす。 どれだけいつまでにへらすのか(図1)。今からの温度上昇をどのようなレベルにとどめるにしろ、大気中の温室 効果ガス濃度を一定に保つことに成功し、気候が(気候には慣性があり、濃度安定化の数十年後ではあるが)安定化 したときには、大気中への排出量は地球の吸収可能量に等しくなっていなければならない。(それでなければ、たま り続ける。)温室効果増の60%以上を占める二酸化炭素だけとりだして考えると、 現在地球陸地・海洋の年間吸収 量は、31億トン(炭素換算)と見積もられている(IPCC第4次報告書)。吸収量は増えるだろうか。今の答えは、 いや、むしろ減る方向に行きそう、ということである。1995 年のIPCC第二次報告書では陸上11億トン、海洋20 億トンの吸収と見ていたが、2007年の第四次報告書では、陸上9億トン、海洋22億トンと推定しており、陸上で の吸収が飽和しつつある。一方海洋の吸収は、一部は深層に繰り込まれるが一部は温度上昇とともに能力が減る。さ らに、第四次報告書ではあまり触れられなかった、気候変動が進むことによって森林枯死や土壌からの温室効果ガス 蒸発増による正のフィードバック効果を考えると、実の吸収可能量はもっと減る可能性もある。結局、現在の知見に 基づけば、最終の排出許容量はせいぜい30億トンであろう。現在、人間活動からの年間世界二酸化炭素排出量は72 億トンであるから、それを30億トン以下、すなわち半分以下にいつかは下げねばならないのである。

2.いつまでに下げ始めねばならないのか。後数十年のうち。
いつまでに下げねばならないか。それは、どんどんあがる温度上昇をどこまで許容できるかによる。この判断は難し い。なぜなら、気候変化で生じる影響はまずは脆弱なサンゴなどの生態系に現れ、対応力の弱い途上国が被害を受け るが、低い温度上昇であれば短期的にはプラスに出る地域もあるし、先進国は気候変動への適応力が大きい(図2)。 IPCC第二作業部会報告は、世界各地各セクターの影響を列挙しているが、何度が危険かの判断は避けている。ただ、 現在から2‐3度上昇で、農業潜在生産力増は世界のどこでもピークを打つこと、経済的にも誰も得しない状況にな ると述べている。欧州諸国は、京都議定書論議のときから産業革命以前から2度上昇(現在から1.5度上昇)を目安 にしているが、もうこの目標の達成は、絶望的とも見られており、世界は温暖化にだんだんと適応しながら、抑止策 を考えてゆくことになった。それにしても今の排出を続けると、後20-30年で2度上昇の線を越えてしまう。それ までに世界排出量はピークを打って減少に向かわねばならないという 緊急性を持つ。一旦越えてからその後で大幅削減して安定化する手もあるが、それには倍した努力が必要と見られる。



3.どれだけ減らさねばならないか。
IPCCはさまざまなカテゴリーの計算(図3)で、産業革命から2.0-2.4度上昇にとどめるには二酸化炭素濃度は 350‐400ppmあたりにとどめる、そのときの削減経路は2000年から2015年までにピークを打って、2050年には 85‐50%削減せねばならないと見ている。また、2.4‐2.8度では、400‐440ppm、2020年にピーク、2050年には -60―30 %削減となる。2.8‐3.2度としてもピークは2030年まで、2050年の削減は30%から増加5%の範囲として いる。「2050年50%削減」はおおむね、現在から2度上昇あたりをメドとしているといえよう。いずれにしても、 後20‐30年の間に世界全体の排出量を減らす方向に向けねばならない。
安倍首相が提案した「2050年世界で50%削減」という目標は、現在とは何年をいうのかとか、予測の不確実性を 考慮した予防原則で見るとやや生ぬるいかも知れない、といった細かな点はともかく、さまざまな気候・経済統合モ デルによる計算では、安全に抑えるためのさしあたりのメドとしては妥当である。
IPCC第4次報告(AR4)が報告した気候変化影響顕在化の科学的事実、だれもが肌で感じ始めた気候異変、は世 界の政治リーダーたちによっても認識され、この低炭素社会への方向は必然として定着した。これまで30年、科学 は自然の変化を捉え、予測し、政策に危険を警告してきた(図3)。そしてようやく観測結果が出始めて、そろえて みたら既に大きな変化があちこちに見られていることが、遅まきながら今回わかった。自然は人間社会での交渉がま とまるのを待ってはくれない。中国インドが入らないから自分もやらないなどという発言もあるが、低炭素社会への 移行はそういった駆け引き次元の問題ではなく、人類が将来世代のために、何が何でもやらねばならない問題なので ある